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最高裁判所第三小法廷 昭和56年(オ)1015号 判決

上告人

佐々木弘

右訴訟代理人

吉井昭

被上告人

須々庄株式会社

右代表者

中井岩雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉井昭の上告理由について

上告人と被上告人との間に本件先物売買取引委託契約(以下「基本契約」という。)に基づく本件商品取引委託契約(以下「委託契約」という。)が成立したものとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。

ところで、所論は、右基本契約及びこれに基づく委託契約につき、昭和四九年法律第二三号による改正前の商品取引所法(以下、「法」という。)九一条一項、九二条の二第一項、大阪穀物取引所受託契約準則(以下、「準則」という。)四条、五条一項、八条二項に違反するところがあるとしても、基本契約及びこれに基づく委託契約の効力に影響がないとした原審の判断には法令の解釈を誤つた違法があるというのである。しかしながら、商品取引員が法九一条一項、九一条の二第一項、準則四条の各規定に違反し登録を受けていない外務員をして営業所以外の場所で基本契約を締結させても、右基本契約の効力を左右するものではないと解するのが相当である。次に、商品取引員が委託者から取引の委託を受けるにあたつて、準則八条二項の規定どおりに委託証拠金を徴収せず、また、商品取引員が委託者に対し準則五条一項に掲げる事項中総約定金額を通知しなかつたとしても、基本契約に基づく委託契約の効力に影響を及ぼすものではなく、これらの各規定違反の結果基本契約及びこれに基づく委託契約が公序良俗に反することとなるものではない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。

論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(横井大三 伊藤正己 木戸口久治)

上告代理人吉井昭の上告理由

第一点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

(一) 上告人と被上告人間の小豆の先物売買取引委託契約(以下基本契約という)、またその後の売買の委託は、商品取引所法(以下「法」という)、大阪穀物取引所受託契約準則(以下「準則」という)に違反し無効である。仮に個々の違反のみでは各契約が無効にならないとしても、これらを総合すると右契約はいずれも民法第九〇条の公序良俗に違反し無効とすべきであるのに法令の解釈を誤つた違法があり、判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄さるべきである。

(1) 上告人は被上告人の外務員である加藤、浦川の勧誘によつて本件基本契約を締結するに至つたところ、当時両名とも無登録外務員であり、被上告人のかかる所為は改正前の法第九一条の二、一項に違反するとの主張に対し、原判決は、右両名が無登録外務員であることを認められるとしたうえ、「被控訴人の右所為は改正前の法第九一条の二、一項、準則四条に違反しているものと認められるけれども、同規定は、商品取引員の外務員の資格を限定することによつてその資質を向上させ、商品取引の信用を保持するための任意規定にとどまると解すべきであるから、右違反があつても、当該行為が無効にならないものと解するのが相当である」とする(原判決理由四の(1))。

しかし、右規定は、委託者保護の強行規定と解すべきである。すなわち商品取引の委託、通常外務員の勧誘によつて行なわれることが多いので、外務員の資格を限定することによつてその資質を向上させ、商品取引の信用を保持することは言うに及ばず、直接には、外務員の不正手段による委託契約の成立を防止し、併せて委託者に不測の損害を蒙らせないようにとの目的から規定された強行法規と解すべきである。

(2) 被上告人は、昭和四四年一二月一〇日、営業所以外であり、省令で定める標識を掲げていない場所において、上告人と本件基本契約を締結したのであつて、かかる所為は改正前の法第九一条一項、準則四条に違反するとの主張に対し、原判決は、「本件基本契約は控訴人方で締結されたことが認められ、被控訴人の右所為も、改正前の法第九一条一項、準則四条に違反しているものというべきであるが、右規定も営業所以外の場所での委託の勧誘を制限して外務員の不正行為を排除し、顧客に不測の損害を被らせないように配慮するための任意規定にとどまるものと解すべきであるから、右違反行為があるからと言つて本件基本契約を無効と目すべきでない」とする(原判決理由四の(2))。

しかし、右規定も、委託者保護の強行法規と解すべきである。この立法趣旨は、一定の厳重な要件のもとに公認された商品取引員にのみ一般大衆からの委託を許容することを前提として、公認された場所ごとに標識を掲げさせ、ここでの受託だけを認めることによつて直接委託者を不測の損害から守ろうとするところにあり、(1)と同様強行法規と解すべきである。

(3) 被上告人は、昭和四四年一二月一〇日上告人から最初の買付を受託したのであるが、同日上告人から委託証拠金を徴収することなく敢えて徴収を引きのばし、同月一六日に至つてようやく右証拠代用証券として松下精工の株券三七一一株を受取つたのであつて、かかる所為は準則第八条二項に違反するとの主張に対し、原判決は、「被控訴人の当初の証拠金代用証券の受託が控訴人主張のようにおくれたことは、被控訴人の認めるところであり、右所為も準則第八条二項に違反する。ところで、委託証拠金の制度は、委託者の安易或は過当な投機を抑制して委託者を保護する機能を有するけれども、商品取引員の委託者に対する委託契約上の債権を担保することを主目的とするものであるから、委託者の獲得或いは保持のために敢えて証拠金を受取らないで取引をしたなどの特段の事情のある場合を除き、右違反行為も契約の効力に影響を及ぼさないと解すべき……。」とする(原判決理由四の(3))。

しかし、判決の言うように委託証拠金の徴収には、債権担保的機能があることはいなめないが、委託者を保護する過当投機抑制機能にも目的があり、法第九七条一項に基づく準則第八条二項は強行規定と解すべきである。

(4) 売買が成立したときは、被上告人において書面により準則第五条一項第1乃至第7号までの事実を記載して委託者に送付すべきところ、被上告人が当初上告人に送付した売買報告書は、売買枚数及びその換算量または総約定金額を欠いておりかかる被上告人の所為は準則第五条一項に違反するとの主張に対し、原判決は、「右報告書は、売買枚数、約定値段が明示されているから、一枚が四〇俵であることを前提とする限り、総約定金額を算出することはさほど困難ではなく(総約定金額の算定方式が明示されている現行様式に比べ劣るとしても)、従つて右様式の報告書の送付が違法であり、これによつて受託契約が無効になるというべきではない」とする(原判決理由四の(4))。

しかし準則第五条一項五号で売買枚数及びその換算量または総約定金額の記載を義務づけたのは、一般委託者に一目で商品取引の数量及び金額が如何に大きなものであるかを認識させ、取引を慎重たらしめようとする意図であり委託者の保護規定でありこれもまた強行規定と解すべきである。

(5) 以上(1)から(4)の被上告人の違法行為が個々的には強行法規に違反するものでないとしても、全体としてみれば著しく社会の一般秩序乃至道徳観念に違反し民法第九〇条の公序良俗に違反するというべきである。

(イ) 上告人は、小豆の取引の経験はこれまで全くなく、原審が認めるとおり素人である(原判決理由三の5)。被上告人はこの素人である上告人に目をつけ、無登録外務員加藤を勧誘に赴むかせ、小豆の取引の受託の可能性があると判断するや直属の上司である浦川を担当者として派遣し、本件基本契約を締結せしめた。当時浦川は営業課長であり、同四五年一月からは部長に昇格したものであるが、年令の若い加藤が無登録外務員であるのはまだしも、被上告人の責任的立場にある浦川までが無登録外務員であつたということは言語道断である。素人である上告人がそれまでコツコツと取得していた現株に目をつけ両名の無登録外務員が当初から株券を欺しとるつもりで無断売買を企図したもので、上告人の無知、無思慮に乗じて基本契約を締結せしめ、その結果委託者をないがしろにした行為は許せるものではない。

(ロ) 上告人は、本件基本契約を上告人の自宅で締結したものであるが、上告人をして被上告人の本社を訪問させないよう周到な計画のもとに本件無断売買を実行した。上告人が被上告人の営業所をおとずれて注文委託する方法を選べば、無断売買の事実は極めて容易に発覚することになり、事実上無断売買を行うことは不可能となる。しかし、後日無断売買が問題になつた時は「電話」での取引委託があつたとすればそれで逃げをうてると判断したものであり、きわめて悪質且つ巧妙な手口であり、上告人は、その「ワナ」に落ちたものである。法九一条一項、準則四条は、無断売買を予防する機能を有しているがこれを潜脱したところに被上告人の巧妙さがうかがわれる。

(ハ) 被上告人は、昭和四四年一二月一〇日上告人から最初の買付を受託したのであるが、証拠金代用証券として松下精工の株券を受取つたのは同月一六日に至つてである。これは、上告人が時価にしていくら位の現株を所持しているかの情報を得たうえ、委託証拠金を徴収しなくとも、売買の事実を先行させれば上告人の株券を欺しとることができると判断したためである。

(ニ) 売買報告書も素人に理解できぬよう巧妙に作成されている。売買枚数及びその換算量または総約定金額を欠いていることは、準則五条一項に違反しているのは言うまでもないが、上告人は、素人としては想像を絶するような一日の取引量が厖大なものになっている。それは素人にとつて容易に換算できるものではない。又買付報告書と売付報告書を対照して、何日付の買建が何日付で売建されているのか、甲第二号証の一乃至同号証の二九及び甲第三号証の一乃至同号証の一九の各売買報告書で検討しても全くわからない。原審での浦川証人すら指摘できなかつたものである。上告人を無知のままにして無断売買を行うのが被上告人の常套手段である。

(ホ) 本件は、商品取引所を通していない全くの架空売買である。最初から上告人の株券を欺しとる計画のもとに行なわれたもので、無断売買を繰返すことにより当初より損失を出すことがそのまま被上告人の利益となるように仕組まれ、その通り実行された。被上告人の主張によれば、本件売買の最終の手仕舞は、昭和四五年二月一六日ということになつている(第一審判決第五表)。そしてその時点における損失は、金四七、六四八、八七七円であるという。更に驚くことに右損失を上告人に請求してきたのが、約三ケ月経過後の同年五月二三日付の内容証明郵便が初めてである。(乙第一七号証)。もし仮に右金額の損失があれば、直ちに上告人に通知し、一週間以内に決済を行うのが通例であり、同種の証券業界においても常識である。三ケ月も損失を放置したまま、同日になつて預託証券を処分するということはありえない。これを裏から言えば、上告人には何等損失はなく、当初から株券を欺しとればそれで所期の目的は達成されたということである。

(ヘ) 昭和五五年九月一六日悪業の限りをつくしてきた被上告人の取締役井上清が穀物取引所汚職事件で被疑者として逮捕され被上告人は著しく社会的信用を失墜した。右井上清は、本件事件に関し被上告人から証人申請された人物である。関西地区に於て連日マスコミに大きくとりあげられた事件であつた(甲第四七号証一)。昔も今もかわらず、二、三流の不良外務員を雇い委託者を欺すことだけを信条としてきた人物である。「良いセールスマンはいらない。悪いヤツはいないか」というのが普段の口癖だつたと当時の新聞は伝えている。問題になつた外務員を次々と退職させ、外務員をいれかえるというのも特徴である。本件事件について関与した加藤、浦川は相次いで退社していつた。委託者から金さえとればどうにかなるという被上告人の企業体質を露見した事件といえるのである。

(ト) 以上縷述した如く、上告人の小豆取引の無知、無思慮に乗じて、無登録外務員をして勧誘し(改正前の法第九一条の二、一項)、受託場所の違反(改正前の法第九一条一項、準則第四条)、委託保証金の徴収時期違反(準則第八条二項)、売買報告書の記載事項違反(準則第五条一項)といずれも委託者保護の為の重要とされる各規定に違反し、委託者を「知らしむべからず」の状態に陥しいれ、無断売買、架空取引をおこなうもので極めて悪質な業者と言わねばならない。被上告人の幹部が大阪穀物取引所の汚職事件で逮捕されたが、この事件の背景にあるものは委託者のもつてゆきようのない「怒り」「恨み」である。法律は遵守されなければならない。正しいものが報われる社会を形成されねばならない。被上告人の右行為を容認することは、国家社会の一般的利益を害し、社会の一般道徳観念を頽廃させることになる。被上告人の右諸違法行為は、民法第九〇条の公序良俗に反して無効と言うべきである。

第二点 原判決は、次の点に於て審理不尽、理由不備(民事訴訟法三九五条一項六号)の違法がある。

(一) 原判決は、「実際の取引は、被控訴人から電話で取引所のせりの模様を直接伝えて貰い、せりの気配から即時電話によつて委託する方法や、その間の情報を得て同様に委託する方法や、旅行などの為右による方法がとれない場合には稀に浦川らに条件を指定して売買することを任せたこともあつた」とする(原判決理由三の(3))。

(二) また原判決は、「控訴人が昭和四五年一月一三日午前一〇時半から斑鳩町で行われた親戚の結婚式及び披露宴に出席したことが、また……省略(書証)……同月一九日午後二時に指定された大阪高等裁判所の口頭弁論期日に出頭し、本人として尋問を受けていることがそれぞれ認められるのであるが、披露宴の終了或いは、尋問の開始が正確であつたとは直ちに断定し難い上、右取引時に自ら電話をかけることが不可能であつた場合でも前判示の方法による委託ができないわけでもなく、……省略(書証)……昭和四五年一月一六日朝から北陸旅行に出掛けたのをはじめとして、控訴人主張のような事由で前判示の取引委託時(前判示争いのない部分を除く)には、控訴人が在宅していない旨の控訴人主張に沿う部分があるが、右取引時在宅していなくてもこの場合も前判示の方法による委託ができないとはいえない」とする(原判決理由三の5)。

(三) 右原判決理由からすると電話での取引方法は二種類あり、

(イ) 取引所に於る「せり」の模様を上告人に伝え、注文する方法と

(ロ) 事前に条件を指定して売買する方法があり

(イ)の「せり」の模様を伝えて取引したのがほとんどで(ロ)の事前に条件を指定するのは稀であつたという判旨である。又右の判旨と同旨のことを被上告人は原審で陳述している(昭和五四年四月六日付準備書面)。

(四) 被上告人は、右電話での取引方法につき問題となつている取引日のそれぞれにつき、右の(イ)の方法か(ロ)の方法かを一切明らかにせずただ漠然とを(イ)の方法がほとんどで(ロ)の方法は稀であつたというに過ぎない。しかし個々具体的な取引日について(イ)の方法か(ロ)の方法かにつき明確な証拠を提出しなければ委託契約の証明としては不十分である。被上告人は、当初から上告人の株券を欺しとるつもりでおり、実際の取引はなく架空売買であるから、具体的な取引のあつたとするそれぞれの日が(イ)の方法か(ロ)の方法であるかは指摘はできない。ただ一日の取引量を見れば五〇枚、一〇〇枚単位の売買が多数回、しかも連日或いは隔日毎に行なつて帳簿上操作しているので、このような取引について(ロ)の事前に条件を指定して受託したとの主張だけでは準則第三条の受託の際の指示事項第六項の「成行または指値の区別、指値の場合はその値段」を明確にしなければならないことになり、そのようなものは被上告人には何もないから、(イ)の方法がほとんどであるという全くの虚偽の主張をせざるを得なくなつたところに被上告人の欺瞞と巧妙さが存する。

(五) 上告人は(イ)の「せり」の模様を聞いて取引したことは一回もない。

(六) 第一審の証人調に於て、浦川は「せり」の模様を上告人の「うち」に即ち自宅に伝えていたと明確に証言している。民訴法第二八八条二項の規定通り浦川が「良心ニ従ヒ真実ヲ述べ」たとするならば、右証言はくつがえすことができない証言部分である。極めて重要と思われるので記すことにする。

(イ) 注文をいただいて、せりをうちのほうが通しておるんです。取引所で立ち会うせり声というのを通しておるんです。

(ロ) 佐々木さんのうちに通しておるわけです。

(ハ) それは、立会の前にとりあえず電話します。そして必ず立会の風景をですね、今、どこがどういう状態であるいは、こういう売りものが出て下がつてくる。こういう話をしながら、じやこのへんで売りましよう、とかあるいはこのへんからもう少し上がつてくるんじやなかろうか、というような話をします。

(ニ) 加藤にしてもみんな取引は電話で毎節毎節佐々木さんのいらつしやる時には電話をして全部やつているわけですから、いない時は、もちろん売買なんてしません。

(…部分は上告人が記す)

(七) 被上告人は、「せり」の模様を伝えて取引することが多く、稀に事前に条件を指定して受託したというのであるから、八割か九割は「せり」の模様を聞いて受託したということになろう。そして重要なことは「せり」声を上告人の自宅に上告人自らに伝えていたということである。

(八) 被上告人が「せり」声を通して上告人から受託したというからには、個々具体的な取引があつたとする日の多くは上告人が在宅していることが論理的前提となる。反対に言えば、上告人が、問題となつている取引日の多くにつき他出して家にいなかつたとの立証ができれば浦川の証言は明らかに偽証であり、被上告人の主張が排斥されなければならないことになる。

(九) 昭和四五年一月の売買は、一月五日を初めとして、一月三〇日までの間一三日間あることになつている。このうち無断売買が問題になつているのは、一一日間である。一一日間のうち

(1)昭和四五年一月八日は午前から大阪に行つた、(2)同月一二日は午前中から京都に行き夕方帰宅、(3)同月一三日は早朝から斑鳩町へ行き結婚式及び披露宴に午後三時まで出席、(4)同月一四日午前中大阪午後映画、(5)同一六日朝から一七日晩まで北陸旅行、(6)同月一九日には午後二時から裁判所で証人として証言、(7)同月二〇日には午後 (8)同月二一、二二日午前中から大阪に行つたとの主張に対し、原判決は、右(1)を除き「控訴人主張のような事由で前判示の取引委託時(前判示争いのない部分を除く)には、控訴人が在宅していない旨の控訴人主張に沿う部分がある。」と上告人の主張を明確に認めているわけである。そして無断売買があつた一一日間のうち、(1)の一月八日(これは判旨していない)を除き、実に八日間の不在証明があつたのである。(1)の一月八日を入れると実に八〇パーセントである。

(十) 上告人は右の通り、そのほとんどの日に他出しており、被上告人のいうように「せり」の模様を上告人の自宅に伝えることが多かつた旨の被上告人の主張及び浦川の証言とは相反することになるのである。浦川は偽証しているのである。にもかかわらず原審は、右取引時在宅していなくても(ロ)の事前に条件を指示して取引できると論理のすりかえを行なつているのである。問題はそこにはない。すなわち、(1)上告人は、問題となつている日のほとんど外出しており「せり」の模様など聞けるはずがない、これに対し、(2)被上告人は、ほとんどの取引について「せり」の模様を電話で上告人の自宅へ通しており、上告人が不在の時は取引はしていない、右(1)(2)の矛盾を上告人は指摘したにかかわらず、原審は、その点につき何等判旨するところなく論理のすりかえをしているところに審理不尽、理由不備がある。

第三点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違反がある。

(一) 原判決は、上告人は「所謂利喰い先行型の取引をし、値動き幅によつて、一日に多数回の委託をしていた」とする(原判決理由三の3)。

原判決は、一方で上告人は、小豆の取引については素人であると判旨(原判決理由三の5)しながら、あたかも相場の専門家であるような利喰い先行型の取引をしたという。素人は、買つたものをしばらくの期間据置き値上りをまつて売る方法をとる。上告人も然りである。一日多数回の売り買いの連続を「せり」の模様を電話で聞きながら決済していくことは(1)取引所の「せり」は朝九時から夕方四時まで昼を除き連続して行なわれるから一日中電話の釘づけになり、直通電話であるならばまだしも、電話を切つたり、つないだりを一日中断続的に繰りかえすことになること、(2)これだけの厖大な取引は専門家であり且つ被上告人の店頭の中でしかできないもので、連日或いは隔日毎に取引されたことに帳簿上操作されているが、一日前に買つた厖大な小豆の枚数、値段、限月をすべて記憶している(売買報告書は、即日送付されない)天才的能力を有することを前提とし、著しく経験則に反するというべきである。

(二) 原判決は、「右録音テープによるも浦川に無断売買をはつきりと認めるような発言があつた事実は認められない。のみならず、仮に一部に無断売買を認める趣旨とも受取れるような部分があるにしても、右録音は、控訴人が本件紛争発生後浦川との会話をひそかに録取したものであることは控訴人本人尋問の結果によつても明らかであるところ、右同号証、前掲証人浦川照治の証言によると、右会話の際控訴人は一方的に畳みかける表現で浦川に迫り、浦川に応答をする機会をほとんど与えていないことが窺われ、かかる状況のもとでなされた前記浦川の発言の一部をもつて同人が無断売買を認めた趣旨であるとにわかに断定し難い。」とする(原判決理由三の5)。

原審判決が認める通り、上告人は本件録音をひそかに録取したことは認めるが、浦川は無断売買であつたことを認めていることも事実である。上告人が、ひそかに録音したことが当時の状況から考えてそれほど非難されるものであろうか。被上告人の狡猾なやり方に気がついた上告人が最後にとりえた方法であり正当防衛的性格を有するもので、上告人と浦川の対話は、当時の状況を眼前にみせつけてくれるものである。録音テープの証拠能力は、こと刑事事件と異なりひそかに録取したことはその証拠能力の有無を左右しないと解すべきである。又浦川に応答する機会を与えていないと判旨するが、浦川が無断売買があつたと認めている部分はテープの最後の部分にあり、その部分は非常におだやかな対話となつているのである。上告人のよりどころとしていた本件録音テープの証拠能力乃至証拠価値を排斥したのは採証法則並びに経験則に違反するものである。

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